【アナタの知らない卓球の世界】再び黄金期へ 興隆するスウェーデン卓球に迫る
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「王楚欽が、張本智和が、スウェーデンのモーレゴードに敗れた。」
パリ五輪期間中にこのニュースが報じられると、多くの卓球ファンは驚きとともに受け止めたと思います。
それは、結果もさることながら、無名の選手がすい星の如く現れたからでしょう。
しかし、その背景には単なる個人の快進撃にはとどまらない、国全体のムーブメントがありました。
多くの方は知らないかもしれませんが、スウェーデンは一時期中国と比肩するほどの卓球大国でしたが、衰退。そして、いま再びかつての勢いを取り戻しつつあります。今回は、そんなスウェーデン卓球の歴史を紐解いていきたいと思います。
黄金時代のスウェーデン卓球
スウェーデンは1980~2000年の間、卓球界の神ヤン=オベ・ワルドナー、ヨルゲン・パーソンら名選手を擁して、卓球王国・中国と互角以上の戦いを繰り広げていました。
彼らは世界選手権やオリンピックでタイトルを次々と獲得し、当時「北欧の雄」として卓球界に君臨。実際に、1983年から1995年にかけて7大会連続で世界選手権決勝に進出し、そのうち3連覇も達成するなど、その強さは伝説として今なお語り継がれています。
ワルドナーやパーソンがその天才性で知られる一方、スウェーデンの強さの裏には「選手の創造性を重んじる民族性」があると言われていました。
年齢による上下関係を排し、個人のアイデアを尊重するこの姿勢が、ワルドナーらの類まれな技術と戦術を育んだのです。
「スウェーデンスタイル」の生みの親は日本人
実は、スウェーデン卓球の基礎を築いたのは、日本の卓球界のレジェンド・荻村伊智朗氏でした。
荻村氏は1959年、現役選手のままスウェーデンに渡り、ハルムスタード近郊のファルケンベリで指導を開始します。
彼は、日本卓球の基礎技術やフットワーク重視の練習法を伝授し、これを合理的に進化させたのがスウェーデン卓球でした。
この練習はワルドナーやパーソンといった後進にも受け継がれ、彼らの強靭な精神力を培うことにつながります。
天才が去り、訪れた試練
2000年代に入り、スウェーデンは低迷期を迎えます。
プロ選手たちが高報酬を求めて海外リーグに流出した結果、国内リーグのレベルが低下し、若手選手の育成環境が崩れてしまったのです。
特に、ジュニア選手がトップ選手のプレーを間近で見る機会が減ったことは痛手でした。
これはスウェーデンだけでなく、ヨーロッパ全体に共通する課題として浮き彫りになりました。選手が国内にとどまらないことで、伝統的なクラブシステムが揺らぎ、卓球が地域に根付く力も弱まってしまう。その結果、シドニー五輪でワルドナーが獲得したメダル以降、五輪では結果を獲得できていなかったのです。
スウェーデン卓球、再びの飛翔
しかし、近年スウェーデンは再び力を取り戻しつつあります。
その象徴が、トルルス・モーレゴード選手です。
若干21歳にして、世界王者候補の中国選手を破る活躍を見せた彼は、かつてのスウェーデン卓球の創造性を体現しています。
また張本智和選手に勝利したアントン・チェルベリ選手をはじめ、世界で活躍できるような、多くの有望な選手たちが出てきています。
まとめ
スウェーデン卓球の強さの秘訣、それは荻村伊智朗氏から受け継がれた日本の魂、そして選手一人ひとりの努力にあると考えられます。
日本代表が破れてしまったことは悔しいところですが、脈々とつながる日本卓球が紡いだ軌跡がメダル獲得という結果をもたらしたという側面でみれば、喜ばしいことと言えるのかもしれません。
時代を超えて愛され続ける「北欧の雄」スウェーデン卓球は、これからも卓球界を盛り上げていってくれるのではないでしょうか。
(文・富永陽介)